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丝绸(中)/Silk(英)/Soie(仏)/Seta(伊)/Seide(独)

 から採取した動物性タンパク質の糸、およびそれを加工した布。
巣として利用するクモを含め、昆虫やそれに類する節足動物の中には体内のタンパク質を糸状に生成できるものがおり、その糸を人間が利用したもの。
中でも特に品質が安定しており、長い糸(800m〜1,200m)が採取できるカイコガのそれが絹として利用されます。

 絹は古代中国で開発され、長い間その技術を占有していました。
製法やカイコガの窃取は試みられましたが高品位の絹を作るには至らず、絹を欲する国々は中国からの輸入に頼らざるを得ませんでした。
この際に確立された諸々の交易路は、後にシルクロードと呼ばれます。

 養蚕に用いられるカイコガはの葉で育てられ、さなぎになったところを煮沸してから糸を採取します。
未加工のその糸を何本か撚り合わせたものを「生糸」。表面のセシリンをアルカリ性の薬品で除去したものを「練糸」と呼びます。伝統的な絹は前者で、光沢の特に強い昨今のものは後者。
この光沢の原因は三角形の断面で、こするとキュッキュと鳴る音の原因でもあります。
絹は見目美しいだけでなく軽く丈夫で、夏涼しく冬暖かいという特長を持ちますが、一方で変色しやすく水に弱いという欠点もあります。

 「Silk」の語源は古代ギリシア語で「中国人」を意味する「セリコス(Σηρικός(希)/Sērikós(ラテン転記)‎)」より。
「セリコス」の語源は「(絹の)糸」を意味する「」、「編む」を意味する「鮮支」、「青龍(の国)」など諸説。
「絹」は「着布」が略されたもので、着衣に用いる布の意。「布」は「縫う麻」が訛化したもので単に編み上げたものを意味し、元々は着衣以外に用いる(粗悪な)布のこと。

絹の歴史
発祥時期と地域概要補記
BC6,500年頃
中国
絹の発祥?この頃には既に絹が作られていたとも。
BC3,630年
中国
現存する
最古の絹
中国で絹が生産されていた最古の証拠。
BC1,070年
古代エジプト
中国絹の出土ミイラの髪として絹糸が使用。
エジプトに絹が渡っていたことを証明する最古の証拠。
BC8世紀頃
古代ギリシア
絹?の記録『オデュッセイア』に「タマネギの皮のように輝く服」の記述。
BC4世紀頃
中国→日本
絹の製法教示日本に絹の製法伝来。質は中国製に遠く及ばず。
BC200年頃
中国→インド
ホータン王国(現中国ウイグル自治区)、インドに養蚕技術を指導。
BC30年〜
古代ローマ
西欧世界へエジプトを占領したことで絹の存在を知り中国を目指す。一部が絹の買い付けに成功。
BC27年〜14年
古代ローマ
絹の大流行金と同価値という高価すぎる絹への批判の声を受け、初代皇帝ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス・アウグストゥスが禁止令を出すが形骸化
218年〜 222年
古代ローマ
絹100%の服23代皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥスがローマ人初の絹100%の服を着る。
それまでの絹の装束は綿や麻との混紡
532年〜549年
中国
現代並の養蚕斉民要術』に現代とほぼ同じレベルの養蚕技術記載。
527年〜565年
東ローマ
の卵密輸ユスティニアヌス朝第2皇帝ユスティニアヌス1世に仕えていた修道士が杖に卵を隠し密輸。
製造はコンスタンティノープル大宮殿でのみ行われ、主に高官や皇室用に。
1,096年〜1,099年
イタリア
イタリアでの
生産開始
十字軍によって東ローマの養蚕技術がイタリアへ伝来
12世紀にはヨーロッパ製品のほぼ全てとなる一大絹生産地に。特にレース編みで有名。
1,350年〜1,588年
日本、朝鮮
倭寇(海賊)高価な絹を主とした中国製品の略奪および密売買。貿易が中止されている期間が特に顕著
倭となっているが朝鮮人との混成海賊で、後期倭寇(1,523年〜)では朝鮮人の方が多い。
1,461年〜1,483年
イタリア→フランス
イタリアの職人
フランスへ
ヴァロワ朝第6国王ルイ11世がイタリアの職人を引き抜きリヨンに。
この後イタリアは流出する技術者に対し財産の没収斬首などを課すように。
1,540年〜1,600年
ヨーロッパ全土
技術の拡散ヨーロッパ各地に絹製造の技術が伝播
1,607年
/1,619年
アメリカ(イギリス)
アメリカでの
養蚕開始
1,607年、イギリスが当時植民地であるアメリカ大陸で養蚕を開始。
1,619年に成功。
1,618年
イギリス
イギリスが
養蚕に失敗
ステュアート朝初代国王ジェームズ1世が国内での養蚕を試みるも失敗(品質粗悪)。
1,685年〜
/1,735年頃
日本
日本製の
品質改良
鎖国により中国絹が手に入りにくくなったことで、国内絹の品質向上が試みられる。
江戸時代中頃には中国絹に並ぶ品質に至る。
1,702年
イギリス
イギリスでの
生産開始
イギリス国内での絹の製造開始。
1,849年〜1,872年
ヨーロッパ
微粒子病流行地中海を中心に病気が流行する。
1,854年
日本
ヨーロッパと
取引開始
1,639年より行われていた鎖国の解除(開国)。
ヨーロッパでの微粒子病の流行が追い風となり、絹の一大生産地に。
不足に悩んでいたイタリアは日本から卵を買い付け。
1,872年
フランス→日本
日本初の
器械製糸工場
フランスの全面協力のもと富岡製糸場を建設。
1,909年
日本
日本が
生産量1位に
日本の絹生産量が世界1位に。
1,972年
日本
日本での
生産大幅減少
日中国交正常化により安価な中国絹が手に入るように。
和服の需要減少とも併せ富岡製糸場が閉業。